黒魔術部の彼等 キーン編5


校舎の中は静まり返っている。
登校しているはずの生徒は一人もいない。
不可思議に思いつつ自分のクラスへ向かうと、異様な臭いが鼻についた。
教室へ近づくにつれ、臭いははっきりと濃くなっていく。
その部屋だけ、窓ガラスが赤赤と染まっている。

扉を開けたくない。
本能的に危険を察知する。
躊躇っていると、始業のチャイムが鳴る。
入らなければ遅刻してしまうと、扉を開いた。

目の前に広がっていたのは、赤黒い景色と無数の首無し死体。
座っているところを切り離されたかのように、等間隔で転がっている。
瞬時に走って引き返して、逃げ出さなければならない。
けれど、部屋の中心にいた人物に話を聞きたくて、血溜まりの中へ足を踏み入れていた。
水がゆらぎ、黒いローブが振り返る。


「どうして・・・」
そう問いかけるのが精一杯で、他の言葉が出てこない。
「ふふふ、いい見せしめでしょう。このためにわざわざ普通の鎌に変えてきたんですよ」
背後で、扉が閉まる。
「ああ、理由ですか?この人達、あなたを笑いものにしたでしょう。

ただ魂を刈って、一瞬で終わらせてしまってはつまらないですからねえ」
赤黒く輝く鎌を見て、寒気を覚える。
この光景に違和感がないことが恐ろしい。
心のどこかで思っていたのだ、キーンは本当の死神なのだと。

無意識のうちに、一歩後ずさる。
その瞬間、キーンが跳躍して一瞬で目の前まで来た。
「私から、逃げる気ですか?」
大鎌の刃が、首の後ろに触れる。
ひやりとした感触に、冷や汗がじんわりと背を伝った。

「このまま遠ざかるのなら、あなたの首と胴体を切り離してしまえばいい。
そうすれば、もう私の側から離れなくなりますからね・・・」
唇が震えて、何も言えなくなる。
その箇所へキーンが近付き、軽く重ねられた。
身を引こうとしても、首の後ろに伝わる鎌の冷たさが、離れることを躊躇わせる。

「逃しませんよ、あなたはもう、私の・・・」
急に音が途切れて、何も聞こえなくなる。
瞼が落ちて、視界が狭まっていく。
闇に落ちたとき、何も考えられなくなった。




背中に寝汗をかき、不快感で目を覚ます。
まだ、外は薄暗い。
ああ、夢でよかったと心底安堵した。
こんな悪夢を見てしまうのも、嫌なことが間近に迫っているからだ。
まだ時間は早かったけれど、同じ夢を見るのが怖くてもう眠れそうになかった。

一日中、気分が晴れないまま部活へ行く。
室内の陰鬱な雰囲気は、一段と馴染むようだった。
「ソウマさん、今日は影がありますねえ。理由はだいたい察しがつきますけど」
「・・・キーンやディアルには、無縁の悩みだろうな」
もうすぐ、実技試験がある。
紙装甲の壁しか張れなくて、笑いものにされる試験が。

「攻撃手段を持たない生徒の配慮のために、ペアで出ていいはずですが」
「役に立たない補助役なんていらないよ」
「それなら、私がペアとして出ましょうか。お役に立てると思いますが」
その申し出を聞いたとたん、夢の場面がフラッシュバックする。
あれは、これから先のことを映した予知夢ではないだろうか。
試験で笑われ、激昂したキーンがクラスメイトの首を刎ねる。
あんなものは試験を嫌がっているせいで見た、ただの夢だ。
そのはずなのに、怖くて仕方がなかった。


「・・・いいよ、大丈夫。耐えてれば済むんだから、キーンまで巻き添えにしたくない」
「ですが、攻撃魔法を使えるペアがいないと防戦一方ですよ?」
「そうだけど・・・」
壁しか張れないのだから、一方的に攻撃されて一撃で終わりだ。
そして、ペアを組む相手もいない未熟な奴として笑われるのだ。
その場にキーンがいたら、何をしてしまうだろう。

「私の闇なら相手が二人でも暗黒に堕とせますし、足手まといには・・・」
「いいって言ってるじゃないか!」
声を荒げてしまい、キーンが黙る。
はっとしたときは、遅かった。
「・・・ごめん。みっともないとこ、見られたくないから」
室内は、怪しい雰囲気以上に、気まずい空気で包まれてしまった。




自分に雷でも落ちないか、落石で骨折でもしないか期待したけれど
そんな都合のいいことが起こるはずもなく、当たり前のように試験時間がやってくる。
実技試験はランダムで選ばれた生徒との対戦で
ペアができるはずもなく、一人で行われることになった。

試験は、四方を魔壁で囲われ、外へ力が出ないようにした空間で行われる。
今年も、一撃で壁を崩されて、紙装甲で教師を呆れさせて、周りから笑われればそれで終わりだ。
憂鬱な気分で表情を暗くしているさなか、やけに周囲がざわついていた。
周りを見ると、自分の方に視線が集まっている。
何かあるのかと振り返ると、まさしく注目すべき人がいた。

「二人で出てもいいのだろう」
「あ・・・あ、そう、ですけど」
部活にしか出ないはずのディアルが、隣に並ぶ。
実技試験なんて、ディアルにとってほぼ意味のないことなのに。
その理由は、試験開始直後すぐにわかる。

試験が開始され、魔壁の中へ入る。
相手も二人組で、こちらが戦えるのが実質一人だけれど、人数なんて関係ない。
ディアルが手をかざした瞬間、一人が強い衝撃波に吹き飛ばされたように、魔壁に叩きつけられた。
ぎょっとしたパートナーは、炎の弾丸を発射する。

「壁を張ってみろ」
「あ・・・はい」
前に両手をかざし、ダメもとで巨大な壁を張る。
見た目だけは立派なものだったが、炎が当たった瞬間、あっけなくひび割れてしまう。
2激目が直撃すると、ばらばらと崩れてしまった。
ディアルが動じることなく指先を振ると、弾丸は動きを変えて一塊に集まる。
太陽を思わせるほど熱く眩しい火の玉は、放った相手の方へ勢いよく落ちた。


試験は、もちろん無事に終わった。
不快な思いをすることはなかったことはよかったけれど、キーンのことが気にかかる。
部活へ行って謝りたかったけれど、部屋に居たのはディアルだけだった。
「ディアルさん、あの・・・この前はありがとうございました。

お陰で陰口を叩かれることもなくて、楽になりました」
「キーンと何かあったのか」
いきなり問われ、言葉に詰まる。
馬鹿馬鹿しいような夢の話でも、この人になら話してもいいと思った。

「・・・試験が近付くと、嫌な気持ちが先行して悪夢を見るんです。
校舎には誰もいなくて、自分のクラスへ行って・・・」
本当は、誰かに聞いてほしかったのだと思う。
そして、そんなもの、夢は夢だと言ってほしかった。
理性的なディアルなら、そう判断してくれる気がした。

「窓ガラスは真っ赤に染まっていて、扉を開くと・・・そこは、血みどろでした。
・・・血で濡れた鎌を持って、佇んでいたんです。・・・キーンが」
「悪夢だな」
躊躇いもなく言われ、苦笑いする。

「そんなの、ただの夢なんです。けど・・・
キーンと試験に出て、周りから笑われたら、その悪夢が現実になってしまう気がして・・・」
「あいつならやりかねない」
平然と肯定されて、ぞっとする。
キーンにはそういう素質がある。
試験に出ることを断ったのは、そういうことを感じていたからかもしれない。


「さっきから聞いていれば、貴方なかなか辛辣ですねえ」
ぎょっと目を見開くと、遮光カーテンに紛れてキーンが姿を表す。
黒いローブはカーテンとそっくりで、全く気付かなかった。
「事実を言っているだけだ」
「まあ、否定しませんけど。・・・すみませんが、ソウマさんと二人にしていただけますか?」
ディアルはやれやれと言ったように立ち上がり、部屋を出てしまう。
本当は居てほしかったけれど、そんなことをしてはまたキーンと気まずくなる。

「さて・・・まさか、私が避けられた理由がそんな悪夢が原因だったとは」
「ごめん・・・馬鹿らしいことだって、呆れたよな」
控えめに言うと、キーンはくすりと笑う。
「いいえ、むしろそんなことで安心しました。
てっきり、こんな不気味な異常者と共に居るのは嫌だと思い直したのかと」
「そんなことない。キーンが清々しい好青年になったら、そっちの方がおかしいと思う」
「ふふっ、嬉しいことを」
キーンは微笑んで、そっと頬に手を添える。
異質な中に見せる優しげな触れ合いが、胸を暖かくさせるようだった。

「ですが、悪夢の度に避けられては寂しいですねえ。
あなたのコンプレックスがなくなれば、見なくなるかもしれません」
「確かに、力がないのが原因だから・・・でも、僕はキーンみたいに自由に引き出せないんだ」
あの蜘蛛の足は、一体どこにどう力を入れれば出てきてくれるのか。
まだ、自分の体とは思えなくて全く扱えなかった。

「力の使い方なら、その源に聞くのが早いですね」
キーンは、部室に常時セットしてある燭台の中心に魔法陣を描いていく。
複雑な文様も完璧に覚えているのか、すらすらと描き、書き終わると黒い粉を撒く。
部室には不穏な空気が広がり、余計に怪しくなった。


「さあ、召喚されよ。悪魔■●〜▲!」
キーンが手をかざして聞き取れない名前を呼ぶと、粉が魔法陣に吸い込まれる。
そして、中心からは前にも見たまりもがもぞもぞと出てきていた。
『モキャー、モキュラピ』
魔法陣の外からでは、何と言っているかわからない。
恐れることなく、中へ足を踏み入れる。

『おー?またお前かー、ずかずか入り込んでくると、魔界に落とすぞー』
「それは勘弁してもらって、聞きたいことがあって呼んだんだ」
まりもを持ち上げ、目線を同じ高さにする。
相変わらずふかふかもこもこで、抱きしめたくなる感触だ。

「僕、背中から黒い蜘蛛の足が生えて、これは悪魔の力だって聞いたんだけど、コントロールがきかないんだ。
どうすれば自由に使えるようになるのか、知らないか?」
『ふーん?それなら、アクマの血を飲むか、それっぽいもの取り込めばいいぞー』
「それっぽいものって?」
『それっぽいものはそれっぽいもの、いろいろあるだろー』
悪魔の血なんて、この世界で手に入るのだろうか。
まりもを刺せば手っ取り早いと思ったが、実行に移すほど非情じゃなかった。

「ありがとう、それだけ聞きたかったんだ」
『なーんだ、じゃー、帰るぞー』
まりもはもぞもぞと動き、袖口のボタンに噛み付いて取ってしまう。
報酬のつもりだろうか、それをくわえて魔法陣の中へ戻って行った。
不穏な空気は消え、いつもの雰囲気に戻る。


「ソウマさん、悪魔は何と?」
「力を高めるなら、悪魔の血か、それっぽいものを取り込めばいいって。
でも、そんなもの手に入るのかな・・・」
「純粋な血は難しいですが、それっぽいものなら手に入らないことはありません。数日、待っていていただけますか」
「うん、ありがとう。・・・キーンには、助けられてばっかりだ」
それっぽいものに若干の不安はあるものの、自分のために行動してくれることが嬉しい。
申し訳なさそうに言うと、キーンの手が腰に回り引き寄せられる。

「あなたの才を開花させるためなら、何とでもしますよ。
もし、感謝の気持ちがあるのなら、あなたから接してくれますか?」
距離が非常に近いこの状態で接してほしいなんて、することは1つしか思いつかない。
どきりとしたけれど、自分からもキーンのために何かしたい。
少しずつ、キーンへ身を近づけ、唇を寄せる。
あまり大胆なことはできなくて、ほんの一瞬だけ触れさせた。

それだけで離れようとしたけれど、後頭部を押される。
すぐに引き寄せられて、再びキーンと重なった。
物足りなかったのか、舌先が唇の隙間をくすぐる。
拒む理由はなくて口を開くと、するすると柔いものが入ってきていた。

「ん、ん・・・」
獲物を捕らえるように、舌が絡め取られる。
激しくはないけれど、滑らかな動きに翻弄されてされるがままになってしまう。
キーンが動くたびに鼻から抜けるような声が出て、頬に熱が上がる。
艶めかしくていやらしい感覚でも、胸の高鳴りは心地よかった。

数分ほどして、やっとキーンが離れる。
混じりに混じり合った糸が伝い、熱っぽい吐息を吐く。
不快とは思わない、むしろ、体はこの触れ合いを求めているようだった。

「準備が整ったら、家にお呼びしますよ。あなたの力や欲が高まるといいですねえ」
「うん・・・」
欲は余計だったけれど、頭にも熱が上ってしまって小さく返事をする。
死神の衣に抱かれても、感じるのは恐怖ではなく安らぎだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
またおなじみの血ネタ、いかがわしくなりまするん。